みんながいる。大丈夫。

Dance with Grief

私は今もこれからも、母とゆっくり手をつないでダンスする。居心地のいい場所だけを探し続けていくきろく。

じしいぞく

7年目の自分

母が亡くなってから苦手になってしまった、 秋の真っ只中です。 丸7年が経った今は 先日みたいに急に苦しくなる時があっても 昔みたいにその後1週間仕事を休んでしまったりということはありません。 発作的に泣き続ける形は変わらない時があっても 悲しみの…

忘れても残っている

母から昔言われたキツい言葉が未だに残っていて なんでだろう、喧嘩の時のあんな言葉も、ちゃんと理由があったとわかってるはずなのに どうしたんだろうというくらいに今涙が出ます。 傷つけ合ったのはお互い様だったことや 私はもっとキツいことを母に何度…

つらいよね

おじががんで亡くなった事を知った祖母が、 介護施設の自分の部屋で毎晩泣いているとスタッフさんから教えてもらいました。 私の母が自宅で亡くなった後、 祖母は母が亡くなった場所に行って毎晩泣いていました。 それは私の知る限り5年間は続きました。 6年…

ありがとうのハンドサイン

おかげさまでおじの四十九日は無事に終わりました。 コロナ禍がゆえに難しい所や気を揉むところもありましたが コロナのおかげで、人数も少なく会食もなく おじの死を悼むための一番大事な時間と事だけに集中出来た様な気もしました。 介護施設の方のおかげ…

祖母の気丈さと白鳥座

先日、おじがなくなったことを祖母に伝えに行った日は 慌ただしく過ぎた1日が気がつけばもう夜になっていて 私は駐車場にシートを引いて寝転び、父と星を見上げていました。 天気も自然も味方になってくれて 無事に祖母に伝えられた安堵感がありました。 母…

祖母に伝えに行く日

明日は介護施設に入っている祖母の所におばと会いに行き おじが亡くなった事を伝えに行く日です。 最近は提携施設でコロナ患者が出て 祖母は体操やみんなとの時間が無くなり一人で過ごす時間が増えていたので 尚更、本当に今伝えるのが正解なのかどうか、お…

揃った形見

もう見つからないかもなぁと思っていた 母の形見の着物が見つかりました。 淡いピンクの付け下げと朱色の帯で 母がお祝いの時や、結婚前の結納の時に着ていたものです。 悲しい話ですが、母が亡くなった時、母の部屋にはこの着物が出されてありました。 それ…

ループが2回きたっていう話

前回の記事を書いた時から、 気持ちの柔らかさや敏感さがまた戻ってきました。 おじのことを話して泣ける様になり その気持ちを受け止めてもらえて、またありがたくて感謝で泣く。 でももういろんな悲しいことや辛いことが起きた時も 気持ちがつながって母と…

また火の鳥ループが起きたっていう長い話

今朝はなんだか引き続きしんどくて、ますます何もできない自分がすごく無力に感じて 自己肯定感が落ちるところまで落ちて なんか生きていてもしょーがないよなぁ。と一瞬、本当に一瞬思うくらい苦しくなっていました。 あれ?つい最近、『普通の生活に戻りつ…

おじのこと。

先日、がんで闘病を続けていたおじが亡くなったと連絡を受けました。 自分の中ではもう受け止めているつもりですが 長く続く雨と、体調不良とホルモンの関係も重なって 今はまだ自分の気持ちの面がついていかない部分があるみたいです。 がんで亡くなったお…

約7年目の気持ちの変化

母が亡くなって後1ヶ月ほどで7年になります。 母が亡くなって以来、沢山の方に支えて頂きながら 『とりあえず○○するまでは』と何かにつけて生きてみてきました。 今の私の気持ちの面もまたどんどん変化していっている事をまた書いてみようと思います。 去年…

『失敗=死』からの脱却

先日亡くなった大事な人は、私達に宿題を残している と、みんなとの話し合いの中で話題が出て以来 私が受け取っている宿題ってなんだろう。 とずっと考えていました。 亡くなってもうすぐ1ヶ月が経つことが 今もまだ信じられないくらいなのですが 私がその方…

感謝。

黄緑色のノートに、母が亡くなってから日記をつけています。 楽しい事があった時、嬉しい事があった時 苦しい事があった時も、誰がどんな事を言って助けてくれたか、忘れないように書き込む特別なノートです。 私がいつか天国に行く時に、これを何冊ものノー…

おじが無事に家族の元へ

先日から容態もあまり良くなかったおじが 色んな気持ちに少しずつ整理をつけて 家族の近くで過ごせる隣の県の病院に入院しました。 コロナの件もあって おじや家族や私たちそれぞれの気持ちがあって 色々と難しい事が多い介助生活でしたが、 ここまで来れた…

絶対あきらめないうぃーあー

もーもーいーろー クローバー。 Z。 だからなぁ。 更新していない間もこのブログを訪問してくれる方、ありがとうございます。 ちゃんと大丈夫になって過ごしています。 この間に 実家を売ったことや今後について その家や土地で育った祖父方の親族へおじ達と…

また、『大丈夫』と言い続けている今。

家が売れたり、今は父や親族の近くにいる事で 前よりもずっと気持ちが落ち着いていると思っていましたが コロナやその他のことを心配し始めると 不安で仕事中も息が苦しくなりなんとか仕事を終えました。 今日は午前中に母の遺品の整理もしていたので、元々…

家、売れる

3月中旬から売りに出していた実家が、無事に売れました。 有難いことが重なって、私達もよく知っているいいご家族に買ってもらえて、とても不思議な気持ちです。 不動産屋さんや買い取ってくれた方達と 諸々のやりとりをしてくれたおじは 家が売れた時、私に…

ロールモデルをどんどん増やしてみた

悲しいことに、 大事な人や身近な人をじしで亡くした人は 世の中にたくさんいる。 今も昔もそうらしい… でも、いぞく同士はなかなか出会えない。 出会えていても、わからないまますれ違うことも、あったり。 苦しくて外に出ることができなくても 今いる場所…

明るいじしいぞくも、いる。

『明るい じしいぞく』 私が母をじしで亡くした時、 検索したワードです(漢字で) 昔、学生だった頃バイトで仲良くなった女の子で お父さんをじしで亡くしていたことを 当時の私に話してくれた子がいました。 その子は私と同い年なのに、 がんばり屋さんで、 …

雨への気持ち

田舎に引っ越してきて10日程が経ちました。 今朝はずっと雨が降っていて、こっちに来て初めての雨だから、と傘をさして庭を散歩しました。 大きなカタツムリに出会いました。 見ている間に傘に当たる雨の音とか、 どういう仕組みでカタツムリは移動できるの…

祭りの晩

昨夜はおじが、一夜限りの、といいながら 祭りの晩 というレストランを開いて料理を振舞ってくれました。 今がとーこちゃんを送り出すのに丁度いい時。 12月は特にいろんな話をしたね。 この間はキレてたね。 ごめんね ありがとう 私はおばちゃんの気持ちが…

昔の自分と対話する。痩せている幼少期①

なんでもない、不思議な自分語りの雑記です。 最近祖母のタンスを片付けていて、中から出てきた昔の写真に 離婚前の父、母、兄との物や私自身の幼少期の物もありました。 今ではもう、ダイエットしなさいと父や周りから私は言われるようになり 太った人扱い…

ひとつずつ。一日ずつ。

ここ数日、身体よりも気持ちを忙しく使いすぎたせいか、 今月のホルモンの乱れと相まって、 何をしても反省ばっかりしてしまうループが続いて、苦しい数日でした。 70%のプラスよりも、 25%の反省点にばっかり意識がいっちゃう。 のこり5%は謎ゾーン。 昨日…

Life

センシティブな瞬間に、沢山立ち合う毎日ですが おかげさまでなんとか無事に みんなで年を越えることが出来ました。 そして祖母は家を出て、認知症や足の怪我を見てもらえる施設へ。 おじは自分のガンの治療へ。 本当はとても遠く感じてもいた、おじや私の最…

祖母の門出前夜。

とうとう明日は、祖母が嫁いできて以来60年以上を過ごした家を出て、施設に入所する日になりました。 認知症がひどくなった87歳の祖母。 母がじしで亡くなって以来、 何年間もずっと、夜にその場所で泣き続けていたけど つらい記憶を忘れるように、認知症が…

ひとつひとつの夜

色んなことがあっても、 ずっとがんばって一人で子育てをしている友達が 『疲れた、もう娘と一緒に楽になりたい』といった昨夜。 自分も発作的にまだその波に飲まれる事があっても 今、相手に対してどう言葉をかけるのがいいのかいざとなったらわからないも…

唯一の人

退職後は珈琲店を開くつもりでいたけど、 がんの為に実家に戻って祖母と生活している私のおじ。 そのおじが先日体調の良い時に、お客さん用のコーヒーの淹れ方を私に教えてくれて 今日は初めておじに私が淹れたコーヒーを飲んでもらいました。 結果は、少し…

避難グッズで寝る女

部屋の中でも夜は寝袋だけだと寒くなってきたので、 避難用グッズの中から銀色の保温シートを出して ニトリのマット、寝袋、銀色 で寝ました。 (湯たんぽ不在) 結果、 カサカサ音はするけど めっちゃ温かかった! そして朝、 銀色に結露。 寝袋も濡れてる 相…

2020年の12月。

都内で自費PCR→陰性 九州に部屋を借りて帰省後2週間自主隔離 もう一度自費PCR→陰性ということで 認知症の祖母とがんのステージ高めのおじが暮らす、実家に行く事がようやく叶って約1週間が経ちました。 家に行ける様になってからが、 少しカオスでしたが な…

母からの手紙

生前から母からの手紙は、だいたいいつも自分の今の状況に始まって、 締めくくりはこれからの私たち子どもの生き方に関することが多かったように思います。 手紙をもらった当時、二十歳そこそこだった自分にはなんだかよくわからず 亡くなるほんの少し前まで…